水曜日, 6月 23, 2010

『ラッセル自伝』から(n.003)





 父と母は亡くなっていたので、私はよく両親はどんな人たちだったろうかと思いめぐらしたものである。孤独の中私は、一人でしばしば庭を歩きまわり、交互に、鳥の卵を集めたり、どんどん過ぎ去ってゆく時間について瞑想したりした。もし自分自身の思い出(記憶)をもとに判断してよければ、幼少時代の重要で人格を形成する印象(感銘)は、子供らしく何かに夢中になっている最中のほんの一瞬だけ意識にのぼってくるにすぎないし、またそれは決して大人には話さないものである。どんなことでも外部から強いられてするということはない(漫然といろいろなものを観察する)幼少時代は、若い時代のうちでも重要な時期であると私は思う。なぜなら、その時期は、こうした見た目には一瞬であるが、しかし実は(生涯消えることのない)必要不可欠な印象を形成する時間を与えるからである。
(My father and mother were dead, and I used to wonder what sort of people had been. In solitude I used to wander about the garden, alternately collecting birds' eggs and meditating on the flight of time. If I may judge by my own recollections, the important and formative impressions of childhood rise to consciousness only in fugitive moments in the midst of childish occupations, and are never mentioned to adults. I think periods of browsing during which no occupation is imposed from without are important in youth because they give time for the formation of these apparently fugitive but really vital impressions.)
 ★詩人谷川俊太郎と孤独

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