金曜日, 12月 28, 2007

備忘録(2007.12.28)






地元の図書館は今年は今日まで開館ということで、今日は年休をとって図書館へ。

本日借りたもの
1)『徒然草』(角川ソフィア文庫、2002年1月刊/ビギナーズ・クラシックス)
2)『図説・日本の近代遺産』(河出書房新社、2007年9月刊)
3)(NHK-DVD)『古典落語名作選』その3(三遊亭金馬「薮入り」、三遊亭〓遊「浮世床」、林家正蔵「中村仲蔵」、桂歌丸「お化け長屋」
4)同上その4(三遊亭〓生「火事息子」、雷門助六(八代目)「長短」、春風亭柳朝(五代目)「宿屋のあだ討ち」、山笑亭夢楽「反省魂」)

日曜日, 12月 23, 2007

備忘録(2007.12.23)

昨日公共図書館で借りた本





1)松岡正剛『知の編集工学』(朝日新聞社、1996年8月刊)
2)アラン・S.ミラー他『女が男を厳しく選ぶ理由』(阪急コミュニケーshジョン、2007年8月刊)
3)沢村貞子『私の浅草』(埼玉福祉会、昭和58年/大型活字本)
・底本=暮らしの手帖社刊『私の浅草』
・大きな写真追加した「豪華・大型本」と勘違いして借りたところ、弱視者用の「大型活字本」であった。
・本書は、第25回日本エッセイスト・クラブ賞受賞作であり、『貝のうた』とともにNHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」の原作となったとのこと。
4)藤井旭『(一日一話の星空案内)星空を見上げて365日』(誠文堂新光社、2007年10月)

★沢村貞子『私の浅草』(装画=花森安治)
・浅草界隈に暮らす庶民の日常生活を活き活きと書き記した自伝的随筆約70篇(例:あたりみかん、銭湯、初詣、駄菓子屋騒動、たかが亭主の浮気、物売り、浅草娘、お花見役者、化粧、三社祭、ほおずき市、ヘチマの水、五黄の寅、萬盛庵物語、宮戸座、花屋敷のあたり、役者ばか、・・・)。当時の下町の(春夏秋冬、各月の行事や風習など)1年の暮らしぶりや風情を垣間見ることができる。
(p.76)観音さま附近、伝法院の庭、花屋敷の前の茶畑など、あっちこっちに空地があったのは、しあわせだった。
(p.90)浅草では、堅気の女はほとんど化粧をしかなった。土地柄で、水商売の女と毎日顔を突き合わせて暮らしているけれど、その濃化粧をうらやむもしないし軽蔑もしない。厚すぎる白粉も、赤すぎる口紅も、商売上のこと、と知っているからだった。だから、色を売らずにすむ女は、ヘチマの水で叩くぐらいがちょうどいいとこ、それ以上のお化粧は、味噌汁が白粉くさくなる、といやがった。
(p.97)(母は)「寝るほど楽があるなかに、浮世のバカが起きて働く・・・」とつぶやくくせに、夜が明ければもう、さっさとタスキをかけて、台所に立っていた。なぜそんなに働くのか、と聞けば、「こんにちさまに申し訳がないからさ」と、いとも答えた。
(p.237)この原稿を書き続けている間、何度も浅草へ出かけました。昔、お世話になった方たちや、幼馴染にもおおぜいお逢いして、遠い日の思い出を語り合い、時間を忘れる楽しいひとときをすごすことが出来ました。





★2008.01.06追記
アラン・S.ミラー他『女が男を厳しく選ぶ理由』
・(ダーウィニズムを基礎とし、発展しつつある)「進化心理学」によって、人間の本性(人間性)を解明しようとする意欲的な試み。進化心理学の啓蒙書あるいは入門書となることを目指して本書は執筆されている。遺伝子レベルにおける人間の繁殖行動が基本的動因となって、人間や社会の営みがなされているという基本的な考え方のもと、いろいろな人間や社会の現象を説明しようとしている。この考え方でかなりのものがそれなりに(合理的に)説明できるが、あくまでも仮説であり、大きな錯誤がないとは断言できない。本書においては、社会科学的な説明は、一応すべて排除し、進化心理学で可能な限り説明しようとしている。学問においては、それは正当な方法ではあるが、危険もいっぱい存在している。下記の引用にあるように、(事実を語っているだけで価値判断を下しているわけではないと主張しながら)強いもの(国家でいえばアメリカ、社会で言えばマネー・ゲームの勝者)が世界を支配するのは「自然なこと」であるということを暗に主張することにもなりかねない。
 以下、備忘録的にいくつか引用しておく。
(p.10)人間の行動を決定するのは、生まれ持った本性、それに各人の個人的な体験と育ってきた環境である。いずれも私たちの考え、感情、行動を大きく左右する。この本では、体験と環境の影響はほとんど無視して、人間の本性を重点的に扱う。これには理由がある。
(p.13)・・・。学者、とりわけ社会科学者にはリベラルな左派が多く、進化心理学の学問的な議論では自然主義的な誤謬おりも、道徳主義的な誤謬のほうが大きな問題となる。大半の学者は自然主義的な誤謬をおかすことはまずないが、道徳主義的な誤謬にはしばしば足をすくわれる。(自然主義的な誤謬とは、「~である」から「~であるべきだ」へと論理的な飛躍をすることであり、道徳主義的な誤謬とは、「~であるべきだ」から「~である」へと論理的な飛躍をすること)
(p.21)標準社会科学モデルの原則4:・・・、まっさらな書字板に文字が書かれるように、人間の本性は誕生後に形づくられることになる。標準社会科学モデルは、この人間形成を生涯にわたって続く社会化のプロセスとみなす。
(p.27)進化心理学の原則1:人間は動物である。/原則2:脳は特別な器官ではない。進化心理学にとって、脳は、手や膵臓と同じように人間の体の一部にすぎない。
(p.31)・・・。私たちの脳は、祖先の環境になかったものや状況を理解できず、私たちはそのうした状況に必ずしもうまく対処できない(←過去1万年の間に人間は急速に進化したために、あるいは環境を激変させてしまったために・・・)。
(p.33)私たちの脳は、食べ物がなかなか手に入らず、いつ手に入るか予測できない狩猟採集生活を今も続けているともりでいる(←裕福なアメリカ人などがなぜ健康に悪いような肥満になるかというと・・・)。
(p.145)子どもが生き残り、性的に成熟するには、父親ではなく母親が長生きして、子どもを物質的に支えることが重要になる。女が男と比べてリスクを回避する傾向が強いのはこのためだと、キャンベルはいう。
(p.159)男は20代初めまではライバルと競争し、勝とうとするが、子どもの誕生をきっかけに、そうした衝動は衰える。結婚し子どもができると、男性科学者は昼夜を問わず実験室にこもりたい気分ではなくなるし、男性の犯罪者は大きな危険を冒してまで違法行為をしようとは思わなくなる。・・・。進化心理学で言えば、目的は繁殖の成功(結婚と子どもの誕生)である。男がすることは、犯罪であれ科学研究であれ、すべてこの究極の目的を達成するための手段なのだ。
(p.193)そのため、一夫多妻制の下では、男同士の競争が激化する。とくに地位の低い若い男は、地位の高い年長の男が多くの妻めとっていれば、繁殖機会をもてない可能性がたかくなるため、死に物狂いの競争に灰sる。・・・。一夫多妻の社会では殺人やレイプなど暴力犯罪の発生率が高いことがわかっている。このように、イスラム社会では、一夫多妻であることが、自爆テロ犯を生み出す一つの誘引になっている。・・・。(p.194)一夫多妻に加えて、若い男を自爆テロに駆り立てる重要な要因は、コーランに書かれた約束である。殉教者は天国で72人の処女妻に迎えられるというものだ。これは、地上で繁殖機会を奪われた若いイスラム教徒の男にとって、自爆テロに走る強い動機付けとなる。

日曜日, 12月 16, 2007

備忘録(2007.12.16)

昨日公共図書館で借りたもの




1)四方田犬彦『人間を守る読書』(文藝春秋、2007年9月)
・四方田氏によれば、「人間を守る読書」というのは、ジョージ・スタイナーが言っていた言葉であり、「アウシュヴィッツの絶滅収容所の所長が夕べにはリルケの詩を鑑賞し、朝になるとガス室へ出勤していた」という事実を前に、人間は文化を再定義しなければならないとのスタイナーの思いに由来するとのこと。本書は、第1章「生のもの」(最近のもの)、第2章「火を通したもの(時間が経過してある程度評価が定まったもの)」、第3章「発酵したもの」(評価が定まって古典になったもの)、第4章「読むことのマニアのための100冊」の4章構成となっている。他人に対し不寛容になってきている現代日本。書物を読むということは、他人の声に耳を傾けることであり、今こそ必要だと著者は主張する。
(p.11)わたしにとって書物を読むということは、実際にその場所に足を踏み入れることと平行した、対等な行為なのであって両方とも不可欠なのです。(即ち、四方田氏は、旅行に行く前と行った後にその土地に関する本をたくさん読んでいるとのこと)
2)『(NHK)古典落語名作選(DVD)』其の一(NHKソフトウェア、c2002)
・古今亭志ん生(五代目)「風呂敷」、古今亭今輔(五代目)「もう半分」、桂文治(十代目)「源平盛衰記(パロディ版)」、三遊亭〓弥(えんや)「七段目」
3)(ビデオ)「(新)男はつらいよ」第4作(原作=山田洋次、監督=小林俊一/マドンナ=栗原小巻/ロケ地=とウイキョウ葛飾柴又/封切日=昭和45年2月27日)

土曜日, 12月 08, 2007

備忘録(2007.12.08)

本日公共図書館で借りたもの
1)テオニ・パパス(著)、ピーター・フランクル(監修)『ねこでもわかる数学-ペンローズの不思議な冒険』(PHP、2003年8月刊)
2)『なぜニッポン人は美しい風習を捨てるのか-親日家8人からのメッセージ』(明石出版、2006年2月刊)
3)早稲田大学理工学部(編)『理工文化のすすめ-早稲田大学理工学部自主挑戦科目「理工文化論」講義』(東洋経済新報社、2002年2月)
4)桂文珍対談集『世界万華鏡はいかが?』(潮出版社、1993年6月刊)
5)「男はつらいよ(フ-テンの寅)」v.3(マドンナ=新珠三千代/ロケ地=三重県四日市市、湯ノ山温泉/封切日=昭和45年1月15日)

(2007.12.09追記)




★『世界万華鏡はいかが?』
・桂文珍が日本人びいきの外国人13人と対談した記録を本にしたもので、最初の対談者がピーター・フランクル
(p.24)一度、僕は中曽根総理の教育に関する演説を聞いて、すごいショックを受けたことがあるんです。中曽根さんは、「難しいことなんか教えなくていい。先輩や両親を尊敬する程度でいい。」といっていた。たしかに、それで十年や二十年は困らないでしょうが、五十年先、百年先のことを考えたら、今よりずっと教育を優秀にして、国民の能力をあげなければいけない。でないと、これから出てくる機械はもう自分で使いこなせなくなりますよ。

★『理工文化のすすめ』
・オウム真理教徒のなかに理工系の人間が多かったことやバブルが崩壊して日本の発展が10年以上止まったことなどを契機に、理工系の人気がかなり下がってしまった(学生の応募も減ってしまった)。しかし、今後日本が延びていくためには、理工系の文化を普及させることが大事だとして、早稲田大学理工学部は本書を編集した。10人の講義録が収録されているが、ピータ・フランクルの講義「生活の中の数学・英語の数学的勉強法」は本書の最初にあげられている。
(p.3-4)第二次世界大戦中に米国で300万人の召集兵に対し梅毒検査をおこなわなければならなかったが、ひとり検査するのに約1ドルもかかった(当時の物価では1ドルでコーラ20本が買えた)ので、工夫してかなり経費を削減できた(方法:300万人を10ずつのグループにわけ、それぞれ10人の血液を混合し、梅毒検査をし、ひっかかったグループに対してだけ、全員の検査を行った→実際の検査は1/10ですんだ。)
(p.6)・・・。僕がいろんな国で自由に活躍できたのは、世界各国どこへ行っても同じ数学を自分の専門として選んだからなのです。だから(両親の職業と一緒の医者にならずに)数学者になって本当によかったと思います。

『なぜニッポン人は美しい風習を捨てるのか-親日家8人からのメッセージ』

ピーター・フランクル「日本人はそろそろ「足る」を知るべきだ」
・日本及び日本人は、近年自信をなくし、マイナス思考に陥っており、いい目を見ている人間の足を引っ張ることばかりやっている。
(p.100)日本人は、アメリカ人には劣等感を抱き、その裏返しでアジア人に優越感を抱いている-今の日本人は、ぼくの目にはそう映る。これはとにかくナショナリズム(やあやまった愛国心)が悪い。
(p.111)かつての一億中流も、いまでは「勝ち組」「負け組み」というアメリカ的な思想に完全に変わっていった。それはとても残念だ。
(p.113)アメリカでは、一人勝ちしたら家を売り払って別の土地に引っ越して暮らすという構図だから、人間関係で悩む必要はない。新しい引越し先でさらにお金を稼いだら、さらに別の土地に引っ越すし、失敗したら元の場所の戻ったりする。アメリカの場合、人間関係は消耗品だ。だから大事ではない。大事なのは自分自身であり、自分と神の関係だ。なぜならアメリカ人はけっこう信仰心が篤いから。逆に、信仰が篤いから他の人間との関係はそんなに必要としない。だから同じ宗教、同じ教えの団体における人間関係は、直接の人間関係ではなく、同じ神を同じように崇拝するという人間関係になる。・・・。日本人はそうではなく、幼馴染や同窓会、郷土愛がある文化。だから一割か二割成功し、残りの九割や八割はどんどん生活がきつくなるといった環境はこのましくないのだ。




(p.115)そうした社会環境を変える方法は、求めることだと思う。日本とアメリカが対象的であることの一つに、何を重んじるのかということがある。つまり、結果を重んじるのか、それとも過程を重んじるのか。/アメリカの考え方では、いくら苦労してもどんな手段を講じてもいいから、とにかく勝つべきである。だからヒロシマ、ナガサキに原爆を落としたことに関してアメリカ人は罪の意識をもっていない。それによって戦争が早く終わったのだから、意味のあることをしたと思っている。原爆を投下されて多くの人が死んだり、苦しんだり、あるいはいまだに原爆症の後遺症に苦しんでいる人たちが大勢いるということは関係ない。結果だけが大事なのだ。/一方、日本人は本来、過程を重んじる文化である。そのことをぼくに最もわかりやすく説明してくれるのは茶道だ。結果だけを見ると、茶の湯のわずかの量の抹茶を飲んで、小さな和菓子をだべるだけで、たいしたことはないじゃないか。だが実際は、茶室に入り、・・・。そこにあるのはまさに過程であって、結果ではない。

土曜日, 12月 01, 2007

備忘録(2007.12.01)


本日公共図書館で借りたもの
1)ピーター・フランクル『学力を伸ばす親力ー今すぐできる家庭教育の34のヒント』(実業之日本社、2005年9月刊)
2)小森健太朗(作)『駒場の七つの迷宮』(カッパノベルス、2000年8月刊)
・東大駒場寮は最近取り壊され、コミニケーションプラザやキャンパスプラザなどが新しく建設されたので、昔の面影はない。
3)(ビデオ)『男はつらいよ』v.2(マドンナ=佐藤オリエ;ロケ地=京都及び三重県拓殖/封切日:昭和44年11月15日)


★2007.12.02追記




昨日と本日の2日で読了(カッパブックス上下2段組で312ページの長編)
・私自身は比較的面白く読むことができた。しかし、東大関係者(特に駒場関係者)には興味深くよめるであろうが、学外者にはどうであろうか?(東大に強い関心をもっている人であれば別であろうが・・・。) アマゾンの書評(一つだけ書評が掲載されているがコメントする人は今のところゼロ)には、「本格トリックの醍醐味を十分に堪能できる傑作。特に女子高校生の自殺事件の真相はこの作者でなければなしえないトリック。目から鱗が落ちるという表現がこれほどぴったりくるのも珍しい。 」と手放しの賛辞をしているが、東大の某学生は、以下のように酷評している。
 http://nyaiki2.blog16.fc2.com/blog-entry-429.html
フィクションであるからどのような奇抜なストーリーでもかまわないわけであるが、探偵小説の場合は、事実としてありそうもないことはやはりしっくりいかない。(まずい例:たとえば、皆川博子のある小説で、1970年にJALのジャンボジェットに搭乗したと書いてあるが、1970年にはまだ日本の空をジャンボは飛んでいなかった。) この小説でも3ケ所ほど違和感がある記述があった。1つだけ例に挙げれば、下記のような記述。20年以上前の1984年の頃は、個人情報に対する考えが甘かったとはいえ、大学の公的なデータベースに「学生個人の信じている宗教や犯罪歴などのデータが入力されていることはありえないはずである。
[引用:・・・。こないだたまたまね、セキュリティシステムを一つ破って、一段奥の情報網にアクセスできたのよ。・・・。親族の犯罪歴の有無、入信している宗教の情報、・・・。]

(2007.12.04 追記)




★『学力を伸ばす親力(オヤヂカラ)ー今すぐできる家庭教育の34のヒント』
・ますます日本人以上に日本のことに詳しくなりつつあるピーター・フランクル。本書で彼は、子供の教育や躾において、日本人の親は、何をどうすればよいか、様々な提案をしている。
 子供の教育を考えるにあたって、今後の日本がどうなっていくかの見通しは重要。今後日本は、次のようになっていくとピーターは言います。
(p.18)どちらかというと、ほとんどの人が40歳ぐらいになると生産性が上がらなくなるので、給料は下がるのではないかと思います。つまり、中高年の人の可処分所得はどんどん減る時代になるのです。
(p.20)では、これからはどんな時代なのでしょうか。ぼくは、何かを新しく構築する時代ではなく、メンテナンスしながら活用する時代だと思います。
(p.21)資源、それによって消費できる物が限られてくる21世紀には、もっと内面的な消費、知的な消費を通して幸せになるべきです。
(p.186)繰り返しますが、外国語を上達するためには、どうしても自分で読み書きする必要があります。ぼく自身も近年、日本語が急速に上達したきっかけは自分で文章を書くようになったからです。最初はとても苦労しました。400字詰原稿用紙を一枚書くのに2時間もかかったのです。漢字を一つ一つ調べたり、自分の考えをうまく表現する言葉を探したり、大変な苦労が必要でした。しかし、この段階を踏まなければ、外国語の学習は決して先には進めません。このように、外国語の学習では一人で行う作業がとても大事なのです。(英会話学校にいってもあまり進歩しないことがあるのはそのせいです。)
 そのような日本及び日本人にとっては、勤勉だけでなく、もっと個性を大事にして、自由に生きることを学ばなくてはならない。たとえば、以下のようなことは参考になる。
(p.23)父が母と結婚したのは40歳を過ぎてからであり、ぼくが生まれた時には45歳でした。父は結婚するまで、ハンガリーの首都ブタペストに住んでいました。・・・。でも、母と結婚して家庭をもうけようとした時に、家族と過ごす時間を最優先させるため、ぼくが生まれた人口5万人の田舎町、カポシュバールに引っ越したのです。勤務先の病院は、家から歩いて10分もかからなかったし、ぼくの通った小学校、中学校、高等学校は、どれも歩いて5分のところにありました。
(p.25)どんなに親が忙しくても、週末だけでも、あるいは毎朝のわずかな時間だけでも、子どもと一緒に過ごす時間を作ることができるはずです。そしてその時間は、積極的にわが子と会話をすべきです。すると、親子の絆が強くなるのはもちろんのこと、子どものさまざまなことを伝えられて、必ずよい影響を与えることができるでしょう。
(p.43)時間はおそらく人間にとってもっとも重要な資源です。そして貧富の差はありません。総理大臣でも国王でも庶民でも、一日は24時間で、一時間は60分で、一分は60秒です。子どもの人生は、大人よりもとても長いのです。だから、その資源を子どもたちがどれだけ有効に利用できるかによって、将来の人生は大きく左右されます。この大切な資源の有効活用を、子どもにもっと強く伝えるべきです。
 それから、日本人に対し、次のようにもっと広い視野をもてと提言します
(p.52)もうそろそろ、国語を日本語と読んでいい時代ではないでしょうか。
(p.54)ただ、日本のすべての子どもに「富士山が日本一美しい」という考えを押し付けてほしくありません。自分の地域の里山が一番美しいと思っている子どもの気持ちを奪ってほしくないのです。
(p.55)また、地元で採れる野菜や魚、その地方の名物に親しむべきなのです。全国チェーンの店が広がって、均一的な料理を子どもが一番おいしいと思っていることは、とても残念なことだと思います。