日曜日, 1月 07, 2007

ホームページの更新n.23


 ラッセルの『教育論』の続きです。
 http://russell.cool.ne.jp/beginner/OE02-150.HTM

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・・・。人間性の中には、努力なしで自我を超越させてくれるものがいくつかある。そのなかで最もありふれたものは、愛(情)であり、とりわけ親の (子供に対する)愛である。それは、一部の人においては、(その対象が)人類全体を包含するくらい一般化されている。もう一つは、知識である。ガリレオ は、特に慈悲深かったと推測すべき理由はまったくないが、彼はその死によって挫かれない一つの目的のために生きた。もう一つは、芸術である。しかし、事 実、人は自分の体の外にあるものに興味を持つならば、いかなる興味であっても、その興味の数だけ、その人の人生は自我(自己)にとらわれないものになる。 それゆえ、逆説的に聞こえるかもしれないが、広く生き生きとした興味を持っている人のほうが、自分の心身の不調にしか関心のない惨めなヒコポンデリー(心 気症)患者よりも、この世を去ることに困難を覚えることが少ない。このようにして、完璧な勇気は、多くの興味を持った人の中に見いだされる。彼は、自分の 自我は世界のほんの小さな部分にすぎないと感じているが、それは、自分を軽蔑しているからではなく、自分以外のものを重視するからである。こういうこと は、本能が自由で、知性が活発である場合以外は、めったに起ることができない。この本能と知性の2つの結合(融合)から、享楽主義者や禁欲主義者が知らな い、広い物の見方が成長する。そして、そのような物の見方からすれば、個人の死などは瑣末な事柄に思われる。そのような勇気は、肯定的、本能的でありて、 否定的・抑圧的なものではない。私が完璧(申し分がない)と考える性格の主要な成分の一つとみなしているのは、こうした肯定的な意味での勇気のことであ る。
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